“おんどく”が連れてきた不思議

  • 2016.03.15 Tuesday
  • 00:00
<2015年3月のメルマガより再録です>
 「おんどく」のワークショップが始まってから3年。
お気に入りの文章を、声を出して読みあうだけなのですが、予め話し合ったわけでもないのにテーマが共通する文章が集まったり等、いろいろと不思議な出来事を経験しています。

 今日は、そういう不思議のひとつをご紹介したいと思います。

 先日の「おんどく」のときに、私は、ロシア語通訳者で優れたエッセイストでもあった米原 万里さんの『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』という本の一節を読みました。
亡命したロシア人舞踊家や音楽家から涙ながらに打ち明けられたこととして、次のような言葉が記されていたのです。

「西側に来て一番辛かったこと、ああこれだけはロシアのほうが優れていると切実に思ったことがあるの。それはね、才能に対する考え方の違い。西側では才能は個人の持ち物なのよ、ロシアでは皆の宝なのに。だからこちらでは才能ある者を妬み引きずり下ろそうとする人が多すぎる。ロシアでは、才能がある者は無条件に愛され、みなが支えてくれたのに」

 この言葉をきっかけに、その場でも皆で色々な話をしたのですが、私自身には、なぜ自分がこの文章を選んだのか、実はいま一つぴんときていませんでした。
ところが、その後で、「ああそうだったのか!」と思う出来事があったのです。

 それは、上記の文章を「おんどく」してから一月ほどたったときのこと。
なかなか過酷な条件で、三人で仕事をしていました(私も、アートセラピー関係とは違う「もう一つの顔」として、時間に追われてパフォーマンスをする仕事をしています)。
でも、そのうちの一人の、実に生き生きとして楽しげなこと。
終わった後で、「楽しかった〜!」と言うので、「でも、いつもより時間も長くて、大変だったじゃない?」というと、「ううん、波に乗れたから大丈夫だった!」とにこにこ顔。
私や、もう一人の仲間にとっては、青息吐息でやり遂げるレベルの仕事だったので、思わず二人で顔を見合わせてしまいました。

 そういうことがあると、「なんであの人は楽々できるのに、私はできないのかなあ〜」と思って落ち込んだりするのがいつもの私です。
でも、その時、「才能は皆の宝だよね」の話をはっと思い出したんですね。
そういうことだったのか!ビンゴ!」という感じで、思い切り笑いました。しばらく、お腹がよじれて話もできないくらいでした。

 夢には「予知夢」というものがありますが、夢を分かち合ったり意識する経験を積み重ねたりすると、夢のような作用がほかでも起こるのかもしれません。
私にとっては、無理に「彼の才能は貴重なものだから、尊重しなければ。全体の状況にとってもいいことだし」と頭で思うのではなく、「あのときの”おんどく”はこういうことを伝えたかったのね!」と、するっと腑に落ちた経験でした。

 「おんどく」には色々な効用があります。
まず、声を出すというところがいい。
声に出すことで、自分の頭の中だけで読んでいたときとは違う何かが自分の中に響くんですね。

そして、それがほかの誰かの何かに響く。
対話を通して、自分のものの見方も少しずつ、揺らいだり変わったりしていく。
そして、「おんどく」の場では、お互いを信頼して自分をさらけ出せるという「場」ができ
ているので、無意識的な部分も関わりあうことができる。

無意識が関わると、自分の意識のあり方の変容にも無理がない、あるいは少ないということを改めて実感しました。

 おんどく、益々病みつきになりそうです。(文・千葉)


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