セミ

  • 2020.08.04 Tuesday
  • 20:29

セミの声に耳を傾ける
ウィーン ウィーン ウィ ウィ ウィ
都会  刈られていく樹々  次々と密なる家が建ち
土はコンクリートに埋められ
君達は生きにくくなったね

 

でも ガンばった〜 音量は落ちたけど 今年も
朝から  ウィーン ウィーン ウィ ウィ ウィ
耳を傾ければ 愛おしさが湧き起こり溢れ返る

 

最近 ネコ達も来なくなった
蝉時雨の中  大きな桜の木によじ登って
君達を狙っていた ネコども
桜の木も  あのネコも  姿を消した

 

明日は我身の厄災
胸をギューッと絞り上げる不安を抱えて  生業満員電車
風の吹かないアスファルトの道  熱湯の湯気紛いの空気を避け
stay home stay home エアコン エアコン

 

セミの声に耳を傾ける
ウィーン ウィーン ウィ ウィ ウィ
小さな合唱が  細い路地裏を辿りながら
心の泉を揺らして生命の実感を伝えて来る

 

ありがとう  セミ君達  
こんな夏だからこそ
ありがとう
                                                                                    (文・依浮)

皆、つながって、愛おしい

  • 2020.01.12 Sunday
  • 00:20

 


恋い焦がれる人と夢の中で逢うというのは、古代から歌などで言われてきたこと。
好きな人の夢をみて、悲哀を感じながら目覚めるのは、昔も今も変わらない。
思いの強さがその人とのつながりを深めて、夢に引き寄せるのか。
でも、思いが強かろうと強くなかろうと、人は誰とでもつながっている。
私たちは切り離された独りではあるけれど、肉体を超えたところでつながっている。

夢には、恋する相手だけではなく、家族、知人、有名人、もしくは嫌いな人やどうでもいい人、
さらに会ったこともない人や全く見知らぬ人々も、たくさん出てくる。
ひょっとして遠い過去の人や未だ会わぬ未来の人も出ているのかもしれない。

だから、私はあなたと夢で出逢うし、あなたは私と夢で逢うだろう。
細胞一つ一つが、個人の「肉体」を形成しているように、人一人一人が、大きな「生命」を作っている。
その「生命」から観れば、あなたも私も同じ一つの「生命」。
私たちは、言葉やボディランゲージなどでコミュニケイトするだけでなく、
雰囲気や気配も含めて分かり合う。
赤子はフェロモンで母親を認識するという。
恋人のどこが好きか明確に言葉にできないようなもの。
即ち、「気」のようなものでつながっている。以心伝心や共時性などのつながりも、
この「気」で考えると分かり易い。

「気」は、大きな「生命」の羊水のよう。「生命」を満たし「生命」を育む。
「気」を通して「生命」を感じると、小さな私たちは安心して感動する。
「気」のない言葉・振舞い・表現が、心に響かないのはそのせいだ。
あなたが夢で出逢う人々は、全てあなた。個人を超えた「生命」としての「あなた」。
大好きな人も大嫌いな人も全て「あなた」。

そして、同じように、それらの人たちもあなたと夢で出逢い、あなたを見ている、あなたを識っている。
皆、つながって、愛おしい。(文・依浮)

内なる琴線

  • 2019.01.22 Tuesday
  • 18:00

 

琴線にふれるエネルギーに出逢ったとき、何らかの表現をしたいと思う。
気になる夢をみたとき、誰かに話したくなるように。

それは、内奥の扉を開け、風を呼び込む。
揺れ動く気に、鎮まっていた琴線が、大きくもしくは微かに震える

外からの風がかき鳴らす、内なる琴線。
顕れる響きは、わたしの色であり、鳴らす風の音である。
わたしと風の重なりは、揺れる煌めきを奏で、舞う。

そんな舞台の匂いを、そっと外に出してみて。
どんな小さな表現でも良い。どうぞ、試してみて。

話してみる。
唄ってみる。
ノートに書き付けてみる。
白い紙に色を塗ってみる。
楽器を鳴らしてみる。

表現されたものは、外のものとなって、再び自分の内なる扉を訪うだろう。
そしてさらに、懐かしく驚きに満ちた合奏が始まるのだ。

恩寵のひとときのために。

(文・依浮)

チリ〜ンの効果

  • 2016.09.15 Thursday
  • 06:54

「瞑想って、私寝ちゃうんですよね〜」
たぶん、こんな話から始まったと思います。
ドリームシアターが終わって、何気ない話のひとこま。

ドリームシアターのワークでは、短い時間、瞑想をすることがあります。

「椅子に座って、呼吸を大きく吸って…はいて…。」

寝ちゃうぐらいですから、リラックスするということはできているんですが…はて?それだけでいいのか?
と、毎度疑問に感じていました。

話は戻って、そこで言われた一言。
依浮「別にいつもやっている瞑想だけが瞑想じゃないのよ〜。鈴を鳴らすだけだっていいの。」
依浮「家に帰ってドアを開けた時に鈴を鳴らしてみたら?」
依浮「鈴とか鳴らすものはないの?」
私「!?…  。はぁ…。  探してみます。」
みたいな話をしました。

そういや、昔、出雲大社で買った鈴、使い道がなくて引き出しにあるなぁ〜。

正直、この時点で意味はまったく理解していません。
まぁ、そのぐらいならできそうだから、とりあえずか半信半疑でその日から始めてみました。

 


 

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ねこ通り3

  • 2016.09.05 Monday
  • 23:39



暑い暑い昼下り、神社と図書館に行きました。
神社は樹々があるし、何より気が清々しい、図書館は程よくクーラーが効いているはず。

神社で涼んで、図書館に向かう途中、ふと見た路地。
ベタッとキジトラが!

スマホを出して、路地に入ると、前からクロシロ、ハタと気付くと、足元にクロが寝そべってる。

 

 


慌ててカメラに切り替えて、2匹を撮ると、あらまた、別のクロが、鉢の陰に。
もう一枚。

 



さて初めのキジトラは?
と、スマホを向けた瞬間!
すごいスピードで雲隠れ。残念…

 


ねこ達に気を取られている間に、しっかり蚊に奉仕した午後でした。

 

(文・依浮)

 

 

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サッカー・祝祭・ドリームシアター

  • 2015.07.21 Tuesday
  • 22:14
先日、女子サッカーのワールドカップが開催された。そういう、サッカーが熱い季節になると読みたくなる本がある。

音楽学者・細川周平さんの手になるサッカー評論、その名も『サッカー狂い』。ポスト構造主義が大流行だった時代の著作なので、難しい言い回しも多いのだけれど、詩的で示唆に富む文章が多い。

特に印象に残っているのが、「なぜアナウンサーは”ゴォォール”と絶叫するのか?」について書いた一文。細川さんによると、”ゴールという素晴らしい出来事が起きたんだということを世界に告げ知らせるため”ということだった・・・。

思わず、ゴール!と言いたくなるような感覚。

私の日常で触れる世界で言えば、ドリームシアターで、「場」が自然に収束し、誰が指示するともなしにシアターが終わる瞬間がそれに近いかもしれない。これは案外難しくて、場がなかなか流れていかないこともよくあるし、なかなか収束しないことに耐えられず、無理やり終わらせてしまうこともある。でも、なぜだか場が自然に展開し、収束するときは、終わった後、日常よりも一段深まった次元を共有している感覚があり、空気の密度が濃くなっているのを感じる。その感覚がたまらなく好きで、私はドリームシアターを続けているような気もする。
 
考えてみれば、ドリームシアターとサッカーには色々共通点がある。

まず、「流れ」を読まなければならないところ。もちろん、どんなスポーツだって試合には流れがあり、それを読むことが大切だと思う。でも、サッカーと野球という日本の二大スポーツでいうと、場の展開の流動性という点で、ドリームシアターはサッカーにより近い。

考えるというよりも、瞬時に反応し、身体を動かすことが必要なのも同じ。一緒にフィールドにいる仲間の間合いを読み、呼吸を合わせるところもそうだ。それから、サッカーでもドリームシアターでも、全体の状況を把握しつつ、自分のすべきことを選択できることが望ましい。
 
そして、「ゴール」と叫ぶという一事に象徴されるように、共同体にとって特筆すべきことがあれば、誰のおかげとか誰のせいとかいうより何より先に、出来事に注目し、それを皆で共有すること。思わずゴール!と言いたくなるような祝祭的感覚は毎回毎回はないかもしれないが、ワークショップがうまくいくときには必ず、何か大きく、深いものを共有したという感覚がある。ドリームシアターが「みんなで見る夢」といわれるゆえんだ。
 
・・・サッカーって、場所中心的知性を育てるのにとても向いている活動かもしれない。 (文・千葉)

 

W孔雀

  • 2015.05.30 Saturday
  • 01:01

GWは、2日連続で、小さい動物園に行ってきました。

季節がらでしょうが、どちらの動物園でも、羽を広げた孔雀に出会えました。

本当にみごと〜!




広げると、ずいぶん重そう…

雌に観せるために必死に歩く様子が健気で、微笑ましかったです🎶

(文・依浮)
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ねこ通り2

  • 2015.03.22 Sunday
  • 08:00
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ねこ通り2

歯医者の帰り道、図書館に寄ることにした。
いつもの曲がり角で、ふと、先日ねこを見かけた路地を思い出す。
あちらから、行こう。

路地近くを通りかかると、居た!居た!
路地とは反対側にあるマンションの玄関前。
気持ち良さそうに日向ぼっこ〜。


さらに道を進むと、植込みにもう一匹発見♪

この日は、ねこ日和でしたね。

( 文・依浮)

松本通信1

  • 2015.02.05 Thursday
  • 21:40
スタッフのヤスハラです。
私事ですが、東京から長野県松本市に引っ越しました。

子どもができてから、なんとなく田舎で子育てもいいな〜と思うようになり、
出身県の長野県に流れ着きました。
(流れ着く、というのはよく練って考えてこうなったのではなく、
いつの間にか松本にたどりついたという感じなのです)

これからは松本からお便りしていきたいと思いますので、
よろしくお願いします(^^)

ところで、や・は・り!こちらは寒いです!
(窓の結露を拭こうとしたら水滴でなく氷でした)
長野育ちだから寒さは知っているというのが甘かった(笑)

でも寒い日ほど、北アルプスの眺めがくっきりと綺麗で、
山を拝みつつ春を待つ日々です。



ところで、今日は3歳の娘と「わらべうたあそび」に参加してきました。
私も知らないような古いわらべうたですが、ファシリの方のきれいでいい声だったこと。
あっという間に引き込まれて遊びました。

その後の休憩で、子どもたちには蒸しパン、大人にはお漬け物とお茶がふるまわれました。
長野では、お茶の時間に甘い物と一緒に漬け物を一緒にいただきます。
甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱい、止まらない(笑)
次の冬は野沢菜を漬けてみようか・・・
がらっと生活が変わりそうです。
 

ねこ通り

  • 2014.10.27 Monday
  • 08:00
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町中を歩くのが好きで、一駅くらいの距離ならほとんど歩く。
町中でも、裏通りの住宅街、その中でも、車の入らない路地が良い。
長年、同じ場所に住んでいると、ほとんどの路地を知っている。
特に、ねこがいるところは、しっかりマークしてある。ねこ通りだ。
目的地から、多少ずれても、天気が良ければ、ねこ通りを使う。


久しぶりの晴れ。
一駅向こうの銀行まで、用足しに。
いつものねこ通りに、ねこはいなかった…
がっかりして、帰り道はさらに遠回りして、ねこ探し。

いました♪
初めて会うねこだけど、しっかりカメラに収まってくれました。


ねこ

 

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